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Daisuke Egi | バナーを作成
ご挨拶私は、2002年(平成14年)10月に弁護士登録し、現在に至っています。 取り扱い業務分野としては、高齢者や障がい者の方の成年後見に関する分野、離婚などの家庭内の問題に関する分野、相続や遺産分割の問題に関する分野、法人や個人の方の債務の整理に関する分野などを多く取り扱ってきました。多くの依頼頂いた案件の依頼者の皆様は勿論のこと、相手方や相手方の代理人、裁判官や書記官、検察官など、その案件に関わった多くの方々とのやり取り(やり合いも含めて)を通じて成長させて頂いていると感じています。依頼者と対立するはずの相手方や検察官まで含めるとは何事かとおしかりを受けそうですが、その真意については、ブログなどを通じてゆっくりご説明させ頂きたいと思っています。 弁護士の役割について「社会生活上の医師」であるという見方があります。これは、一連の司法改革の提言の中に出てくるキーワードですが、依頼者の抱えるトラブルについて弁護士は単独で解決(治療)できるわけではありませんから「医師」という見方には違和感を覚えます。 私は、弁護士の役割の一つは、「社会の潤滑油」であると考えています。 たとえば、子どもとの面会交流の場面で、離婚により対立している当事者同士では感情的に相互に不信があり容易に子どもとの面会交流を実現できないことがありますが、弁護士が間に入ることにより、「弁護士であれば」ということで信用して頂き、面会交流を実現できることがあります。企業買収などで資産の評価などを巡って対立する問題があるときであっても、弁護士が意見を述べることによって、スムースに進むということもあります。 双方ともにトラブルを解決をしたいのだけれどもお互いに当事者の言うことには素直に従えない、そのようなときに、弁護士が正当な意見やアドバイスをすることによって収まりがつき、物事が前に進むという場面は多くあります。 ですから、私は、弁護士は「社会の潤滑油」であると思っています。 ただ、弁護士が入ることによって逆にものごとが円滑に進まなくなるということもありますので、それは案件の性質上やむを得ないのか、弁護士が入るタイミングの問題なのかなど見極める必要はあります。 弁護士がそのような「社会の潤滑油」としての役割を果たすことができるのも、弁護士に対する社会の信頼があってこそだと思います。 弁護士が、「できないこと」を「できる」と言ったり(その逆も然り)、真実とは違うことを知っているのに嘘をついたりしていては、社会は弁護士を信頼しなくなり、ひいては、社会全体が円滑に進まなくなると思います。 私は、弁護士としての役割と弁護士に対する社会の信頼を大切に考えながら、一つ一つの案件を丁寧に進めていくことをモットーとしていきたいと思っています。 |